「おはようございます、足立さん」
やんわり肩を叩かれて、ぼんやりと目をさました。眠気と肌寒さで、身体が思う様に動くまで時間がかかる。起こすならもっと力強く起こせと思いながら、声の主を探して枕に埋まった顔を持ち上げる。吸い込んだ朝の空気が冷たく鼻がツンと痛んだ。
「……今何時」
そう聞きながら顔を上げると、隣の、隣に寝ていた悠は上半身だけ起き上がって、申し訳なさそうにこちらを見下ろしている。彼が起きた事で掛け布団が持ち上がり布団の中の温度が少し下がった気がした。
「すみません、まだ6時にならないんですけど」
6時前、どうりで薄暗いわけだと思う。ぼんやりとカーテンからにじむ光でうっすらと部屋の様子が伺えた。薄暗い部屋を視線だけで見回して、起き上がるのをやめる。このまま布団から出るなんて考えたくもなかった。寒いし。枕に頬をつけて横になる。彼は僕の動きが止まるのを待っていたかのように話しだす。
「俺、学校なので……一度家に帰ってから行くのでそろそろ出ますね、足立さんは今日お休みでしたっけ」
「うーん、やすみやすみ……」
休みじゃなかったら昨日みたいにのんびり夜更かしできないし、そう言ってあくびをする。一応自分は、平日は仕事もあり大体決まった時間に起きるけれど、休みの日なんかは寝ていられるだけ寝ていたいタイプだった。こんな風に布団から起き上がるのもはばかられる寒い朝は特に。ほとんど密着しているくらいのすぐ隣──ひとり暮らしのシングルベッドなんだから狭さはお察しだろう──で彼が動くと、掛け布団の隙間がさらに広がる。そこを冷たい空気が通り抜けて思わず身震いした。
「ちょっと、ねえ」
「なんですか」
「行かないでよ」
その言葉に彼は布団から出ようとしていた動きを止めて二、三度ぱちくり瞬きをする。ぽかん、と固まっている悠を見て、何やら違った伝わり方をしている事がわかったので、すかさず「勘違いすんな」と蹴りを入れた。痛っと声をあげる、うるさいな。
「朝のさむーい布団から一人分の体温が消えたら寒くてたまんないっつってんの。あと布団に隙間をつくるな」
「そ、うですね、すみません」
彼の残念そうな顔を見て、そもそも僕らはそんな事言えるような関係じゃあないだろうと思う。悠がいいですかと聞いて、いいよと返した時にだけ二人この部屋で眠った。
初めは勉強を教えるだの何だの言って家に招いた彼を帰し損ねた時だったか。その時は確かに彼は、貸した布団を敷いて寝ていた。一度泊まってからは勉強だとか夕飯をつくるだとか、悠は何かと予定をつけて、ついでと言いたげにこの家に泊まっていった。隣に寝だしたのはいつだったか、そもそも何故だったか。寒くなってきたからだったっけか、布団の中で首をひねる。
「あの」
「何」
「暖房付けますね」
「ああそう」
わざわざ言わなくてもいいのに、申告してからゆっくり布団を抜け出し暖房のスイッチを押しに行く。掛け布団を動かさないように気を使っているんだろうというのが動作からわかって、それがなんだか気にくわなかった。ピ、という音で暖房が動き出す。部屋全体が暖かくなるのにはもう少し時間が必要だろう。
彼はすぐ布団に引き返してくるかと思ったがどうやらそのまま制服へ着替えはじめたようだった。
暖まりはじめた部屋にうとうとしていると、ベッドを覗き込むようにして彼が声を掛けてきた。いつのまにか着替えが終わっていたらしい、見慣れた制服に着替えている。
「鍵閉めて行きますね」
「あーああ、お願い」
「あの、足立さん、合鍵」
「んー」
悠の声に寝返りをうちながら生返事を返す。
「持って行っていいですか、また、泊まりにきても」
「うーん……僕がいる時以外は来ることないと思うけど」
「そうですよね……」
あからさまに落ち込んだ声に面倒くさいなあと思いながら、深い考えもなく「持ってってもいいよ」と続けた。どうしても入れたくない場合はチェーンをかけておけばいい。
「開け閉めの心配なくなるし。なくさないでね」
「なくしません」
ありがとうございますと悠が続けた。何がありがとうだと思いながら、忙しない様子で出掛ける悠をなんとなく見送る。鞄を持つ際に先の合鍵を落としそうになったので、早速なくしそうじゃないかと思って睨んでやると、悠はそれに気付いていないのか、こちらを見てにこりと微笑んだ。
「えっと、いってきます」
「…………いってらっしゃい」
ガチャンとドアが音を立てて閉まって、それから鍵が回る。外から鍵を閉めたらちゃんと内側の鍵も回るんだなあと考えて、それから、自分は何をしているんだろうと、違和感に襲われた。悠が暖房をつけたおかげで、布団から指先すら出さずにいたのに部屋が暖まっている。
「なんだこれ」
肌寒い朝である。しかし一人で目覚めるより確かにあたたかい。他人が、それも十も年下の子供が介入した自室は、思ったよりも快適だった。