この何もないド田舎の唯一のフードコート、中身はしょぼいけれど無いよりは幾分かましだ。そしてなんといっても、店内は空調が効いている。ジュネスはサボるのにうってつけで、気温が夏に近付いてきたここのところは、ほぼ毎日といっていいほど通い詰めていた。
といっても、今日はちゃんと休みの日だ。休みの日、休日、素晴らしい単語。その素晴らしい休日にどうしてわざわざジュネスにまで涼みに来ているのかといえば単純なことで、部屋の空調が壊れたからだった。久しぶりの休み、いつも仕事をサボりサボり過ごしているものの、きちんと職場から与えられた休みとなると気分が違う。家で思う存分だらだらし倒そうと空調のリモコンを押したところ、なにも起きない。ピッというあの聞きなれた作動音もないし、空調が動く気配も全くない。はて、リモコンの電池切れかと電池を交換してみるも、動かない。これは修理だ、そう悟った瞬間に全てが面倒になり仕事着であるスーツを着込んで部屋を飛び出してきた。
外はじめじめして暑いし、まだ真夏というほどの陽気ではないけれど、空調の効かない暑い中で一日過ごしていたら熱中症にでもなってしまいそうだった。スーツを着る必要は全くもってなかったのだけれど、わざわざこの格好をしたのは、休日に行くところもなくジュネスで暇をつぶしていると思われたくない、などというちょっとした見栄からだった。休日の予定が無い寂しい野郎だと思われるよりは、また仕事をサボっているのかとでも思ってもらった方がいい。そんな事周りは一々気にしていないだろうと思うかもしれないが、ここはドのつく田舎町だ。すぐ顔を覚えられるし、噂は早いし、知らない人にまで知れ渡るしで、面倒くさいったらありゃしない。この間だって知らないおばさんに、あら刑事さんご贔屓にしてくれてありがとうね、と声を掛けられて震え上がった。どの店の誰だったんだろうか、一体。頭をふる。
せっかく落ち着ける場所にきたんだ、落ち着こうと買ったばかりの缶コーヒーをひとくち飲んだ。ひんやり冷えたコーヒーが喉を通って気持ちいい。
「足立さん、またサボりですか」
「第一声から人聞き悪いな、おい」
確認しなくたってこんな事をいうやつは限られている。わかっていながらも声のする方に顔を向けると、そこには案の定鳴上くんがいた。両手にふくれたジュネスの袋を持っているので、買い物でもしてきたのだろう。そういえば、学生はもう夏休みだったろうか。それとも単に学校が休みなのか、高校生の休日まで把握していない。当たり前のように近寄ってくる彼に弁明の言葉を繋げた。
「今日はちゃんと休みなの。サボってません」
「休みなのに、スーツ着て、ジュネスで何してるんですか」
「…………」
それには答えない僕に、彼は何かを察したような素振りで目を見開く。
「足立さん私服持ってないんですか!?」
「持ってるわ! そうじゃない、家の空調が壊れたの。面倒だから涼みに来ただけ」
「じゃあなんでスーツ……私服持ってないんですか」
「持ってるって言っただろ何でニ回聞いた? 面倒だったんだよ、色々」
「ああ、服を選ぶの面倒くさくて制服着ちゃうみたいな……」
彼が勝手に納得してくれたので、そうそう、といい加減に頷いた。スーツを着ている事に関しては変な見栄をはっているだけなんだけれど、この小生意気な高校生に変な見栄をはっていると思われるのは何だか腹立たしかったので適当に誤魔化した。
「何買ってきたの。君買い出しもしてるんだっけ、すっかり主夫だね」
「いえ……暑くなってきたので素麺が食べたいなと思って、少し早いですけど」
彼が袋を少し開けて見せる。話の通り乾麺と、他の料理に使われるだろう他の具材が詰め込まれていた。素麺、いいな。パッケージの美味しそうなイラストを見て思わず呟くと、彼はそれを聞き逃さなかったらしく、一緒にどうですかと、そう言った。
「は? 君と?」
「はい、菜々子も帰ってきますけど」
「君のってか、堂島さんちで?」
「はい」
「なんか……僕が行くのおかしくない?」
「おかしくないです。」
「……そう」
僕が躊躇するほうがおかしい、みたいに彼はぽかんとしつつ、当たり前のように答える。こいつ、都会から越してきて数ヶ月の筈なのにもう田舎文化に馴染んできてるのか。ご飯食べにきてとか、ご飯食べにいくとか、つくったからとか、他人の家に。ありえない。田舎は色々とオープンすぎて、簡単に言ってしまうと性に合わない。越してきてすぐの頃は驚きも多くて、隣のばあさんが玄関の鍵をかけずに出掛けたのには目を丸くしたし、何日か通っただけで顔と名前を覚えられてしまった衝撃はしばらく抜けなかった。これが田舎か、と。そもそも、叔父の部下を高校生の甥がいとこと食べる飯に誘うって、文字にしてみたら何事だよ。カルチャーショックと彼の適応力の高さに軽く目眩がする。
「食べませんか? 素麺」
彼が首を傾げながら持ち上げた袋の底にキャベツが透けている。安かったよな、そういえば。
「…………行く」